遊林寺|真宗大谷派(東本願寺)

2017.9

ご命日はいのちの日。いのちを考える日。亡き人とそして私のいのちを。

命日って当然のように亡くなった人を偲ぶ日って思っているところがある。勿論それもあるんだけど、亡くなった人が、自分が亡くなるということを通して「あなたも生まれたからにはいつか亡くなる時がくるんだよ。私のように。」って教えてくれたことを、もう一度思い出す日でもあるんじゃないかな?現実、そのいつかはまだ先のことだと思ってるから、実感として、自分の命が終わることなんてなかなか考えることはしない。だから自分の「命」を精一杯生きることに手を抜いてしまうこともたくさんある。「次がある。」「まぁいいか。」なんてね。でもそれに何の確証もないってことを教えてくれるきっかけの1つが大事な人、近しい人の「命日」なんじゃないかな?亡くなった人を偲んで悲しむのも大事。でもそれだけじゃなくて、「今あなたは精一杯大事に命を生きていますか?」って自分に問いかけ直す日にしたいって思う。                釋尼至凛

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