遊林寺|真宗大谷派(東本願寺)

「南無阿弥陀仏」と名を呼べば、諸仏(故人)と私はオンライン

「お母さん」と呼べばお母さんが振り向く。

「おい、息子や」と声をかければ息子が振り向く。

「名」は、あるだけではただの言葉でも、その名を呼んだ瞬間に、その名にはいのちが流れます。呼んだ瞬間、名は、いのちがそこにあるということの証拠になるのです。

亡くなった人の名を呼んでみてください。ここにその姿はなくとも、大切な人は、ありありと心によみがえって来てくれます。

「南無阿弥陀仏」の名は、亡くなった人が救われた名であると、先生は仰いました。自身の悩み苦しみを超えて、今度は悩み苦しんでいる私たちを心配する南無阿弥陀仏になった。だから、「南無阿弥陀仏」と名を呼べばいつでもどこでも亡くなった人と私はつながることができるのだ、と。

私に先んじて亡くなっていかれた全ての方々が、南無阿弥陀仏の名のもとに私とともに歩んでくださっています。

釋法遵

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