遊林寺|真宗大谷派(東本願寺)

2016.5

「力強く生きていこう」 いくつになってもそう思える意欲が 念仏の中身

○いつでも立ち上がらせてくれる力がある。また頑張ろうと思わせてくれる。

それが人だったり、場所であったり、本だったりと色々な姿をとって私に届いてきます。それが私にとっての念仏(南無阿弥陀仏)です。

釋顕大

 

 

○ひと頃程では無くなりましたが、それでも尚我が国では年間3万人近くの方が自殺で亡くなっています。
「人間は社会的動物」とか「人はひとりでは生きていけない」という言葉を耳にしますが、本当に我々人間は一人ぼっちになった時には極めて弱い存在になってしまいます。逆に言えば「みんな仲良く」とか「和をもって」という教えは単に仲違いを戒めるものではなく、人間が生きていくうえで他者とのつながりが不可欠であることを諭しているのでしょう。そして同じ生きるならば元気よく活力に満ちた日々を送りたいと誰しもが思います。
その意欲を導くものは周囲と繋がっている実感でしょう。そしてその繋がりをもたらすものは、自分自身との対話、他者との対話でしょう。
但しそれだけでは我儘になってしまったり、お互いの意地を通そうとして、却って辛くなることがあります。
そのような時、私は念仏を称えます。私利私欲、喜怒哀楽を超えた仏さまの教えに触れることは自分自身の至らなさを知らしめてくれると同時に、正しくかつ元気に生きていく方向を示してくだいます。
念仏にはそのような力強さが内包されていると思います。
  釋敏往
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