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「まさか自分が見送るとは思ってもみなかった」

この言葉は、息子さんを亡くされた方の涙ながらのお言葉です。 「順当にいけば、息子にすべてを託して先に自分が死んで、自分が息子に見送ってもらうつもりだったのに。」ということでした。 「人生はまさかの連続」といいます。「まさか」とは予想もしていなかったことが起こることをいいますが、それは時に重く辛くのしかかってきます。 人生何が起こるかわからないということなのでしょうが、私たちはわかったつもりで居て、実はその「言葉」しかわかっていないのかもしれません。 言葉ではなくその「事実」を亡き人は身をもって辛さとともに伝えてくださっているのでしょう。 そうしますと「見送る」とはいっても、一体私たちはどこに立ち、亡き人を一体どこに見送ったのでしょうか。「事実」を何もわかっておらず、教えられるのはいつも私たちの方です。 見送られ見守られているのは、本当は私たちなのではないでしょうか。                                                           釋法遵                                        ダウンロードはこちら

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